さて!最後の週です!「ハピペン」です!
これに関連して。
社会が目指す「枠」
ハピペンなりには、いっときよく見た「平等」「公正」について画像の考えが社会の流れだと思っている。
「平等」と「公正」
こちらの説明文つきの画像では平等は同一、公正はフェアネスと言い換えられています。
「平等は公正さを推進させるために全員に対して同じものを与える。しかしそれが正常に機能するのは全員のスタート地点が同じ場合に限られる。この場合では全員の身長が同じ時だ」
「公正さは人々を同じ機会へのアクセシビリティを確保すること。個人それぞれの差異や来歴は、何らかの機会への参加に対し障壁となることがある。なので最初にまず公正さが担保されて初めて平等を得ることができる」
特別支援に必要なのは、公正さという前提である。
しかし、平等が先行する状況も少なくないため、かなり痛い目に合わされている現状がある。
「同じ環境や条件を与えることが平等」になっていると、まずいい思いはしない。
ほしいのは「できる限りの活動・内容へのアクセス」である。そして、これは、特別支援学級の子だけが得られるものではなく、発達障害の子は基本的には全員が受けられるもの。
合理的配慮、合意形成によって、過度の負担でない範囲でいくらでも「環境、条件」の変更は可能である。
「平等」と「公正」と「現実」
「現実」を加えたものもtwitterで話題になったそう。
今回記事を書きたかったのは、以下の画像を紹介したかったから。
「平等」と「公正」と「ユニバーサルデザイン」
「平等」と「公正」の画像を基に、3枚目をイメージする取り組みがされているようです。
先日twitterで見つけた画像。
おねんどおにいさん on Twitter: "支援や配慮によって公平さを保つことも大事。
加えて、多様性を前提にしたデザインも。 https://t.co/xvKIW6xuc8"
一番右の画像が追加されている。フェンスになって台がなくても「誰でも見られる」。
説明には
「支援も合理的配慮もなく見ることができる。なぜなら、原因となるバリアが取り除かれたから」
というようなことが書かれている(たぶん)。
個人的には、3番目を目指していきたい。より多くの人が、コンテンツにアクセス可能な方法を探っていけばいいだけなのだと思う。追い出そうとする人は、本当に一体なんなんだろうか……。
(おまけ)
The problem with that equity vs. equality graphic you’re using | Cultural Organizing
googleの翻訳に頼るしかなかったのだけど、このサイトの画像を使用しています。問題があれば教えてください。