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それでも幸せな人はいるから

特別支援学級の担任をしていて感じたこと。幸せな子ども時代を過ごす子どもが一人でも多く増えるように

「どうしたら人は変われるか?」

特別支援教育の視点 教師の在り方

簡単に言えば、「変わろうとしている人は変わる」。

 

「カラーバス効果」によって脳の中でいくらでも変わるための情報が手に入っていくと思う。

 

アドラーの言うところの、人はその状態を生むためにその考えを生み出しているだけという可能性がある。

 

その方が自分にとって都合がいいから、その状態でいるということだ。

 

しかし、客観的にその状態だと実は利益が少ないということもある。

それに気づくまでの時間は、人それぞれの価値観に委ねるしかない。

気づかないで不利益に苦しんで、周囲のせいにし続けて、結局、自分の側を少し変えるだけで、大きな変化を生んで誰もが生きやすくなるなんていうことは、よくあることだと思う。

 

「自分は間違っていない」というのは、自分が大嫌いだと思う人が必ずとっている立場だと、確かこの本に書いてあった。

あなたの大嫌いな人が100%考えていること

あなたの大嫌いな人が100%考えていること

 

 多くの人が知らなければならないことなように思う。

「自分は間違っていない」という感覚は、わりと悪なことが少なくないと思う。

 

正解が正解になるときは、人それぞれ違う。

(個人的には、最近4年の歳月があって変わるものもあるのだと実感している。どの家庭や子どもへの考えも、4年後を想像した検討や懸念か自分の想像力を絞り出してイメージしたいと思うところ。)

 

人は変わる必要があれば、〈出来事〉を起こして必要な変化のある方へ向かっていく。

私が相手を変化させたいときに、相手が変化するとは限らない。

〈変化したいときに、必要になって変化は起こる〉
(私たちは働きかけ続けるしかないという部分もある。)

 

既存のやり方ではダメなとき、〈誰か〉はやり方を変える必要がある。

それは自分を否定する行為になるかもしれない。

けれど、それを〈愛〉ってことでやってやる。

相手への〈愛〉として、自分を変えるのだ。

時間をかけて、時間という〈愛〉で困難を越えていく。

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