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それでも幸せな人はいるから

特別支援学級の担任をしていて感じたこと。幸せな子ども時代を過ごす子どもが一人でも多く増えるように

「にんげんがさき 点数があと」

子どもの見方

脳の慢性疲労を感じている「ハピペン」です。純粋に頭を使いすぎる出来事が多すぎて、ショート気味です。なんとなく高等部の体温が常に高い印象があって不安。

それでも、元気に行ってしまうぜ!って金曜。

 

学校の職員室の前に「にんげんがさき、点数はあと」と書かれたポスターが貼ってあって、たまにふと思い出す。

 

それと、今日話したことが重なったので、書いてみます。

「よりよく」へ

本校の教育目標に「よりよく生きる」という言葉が入っています。

高め合う、学びあうだと言われている昨今、それにもかかわらず、見事に低め合いの姿を見せることもある子どもたち。

 

学校教育目標に向かってカリキュラムマネジメントをとも盛んに言われはじめていますね。ちょっと、学校教育目標を生かして、子どもたちに前提を捉え直そう!と考えたのです。

 

朝の会で話したのですが、私たちは「よりよく」に向かっていると。

「よりよく」ってことは「よい」から「よい」なんだよ、と。

だから、ここにいる誰も悪い存在っていう前提はこの学校にはない。

だから、誰も否定しなくていいし、みんな「よい」んだから、さらに「よくなっていくにはどうするか」を考えるだけなんだよ、と。

 

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誰かを否定して、足を引っ張りあって、蔑みあって、なじり合って育つのはやめよう、と残り30日、アンカーを打った。(若干プライミング効果頼み、もちろん仕掛けはするとして)

 

これと「にんげんがさき、点数があと」は重なるなあ、と。

 

「人間か先、点数は後」

調べてみると、これも「あいだみつを」さんの詩なのですね。

にんげんはねぇ
人から点数をつけられるために
この世に生まれてきたのではないんだよ
にんげんがさき 点数があと

もし、<性善説>ってことで、人間に「わるい」はないとしていいなら、前者の「人間が先」は、人間同士の関わりのよさを伝えることかな、と。

そして、人間同士の関わりは、失敗を繰り返し、衝突を繰り返し学び深まり強まっていくと考えます。

つまり、今を「よい」として「よりよく」なっていくしかないのです人間関係ってのは。

対して後者の「点数があと」は、学力の面、こちらは、点数ですから善し悪しがありますね。「わるい」と「よい」があることなのです。

これが先になってしまうと、つまり前提が「わるい」→「よい」になってしまうのだよなあ、と感じました。

「よりよく」を先行させて、「よい」→「よりよく」で人間関係がよくなれば、点数の「わるい」→「よい」も、それこそ高め合い、学び合いで「よりよい成長」につなげることができるのではないか、と思ったのです。

 

そのためには、やっぱり日常の中で、教師の評価が学力のできた・できないより、人間関係への視点についての言葉かけが増えればいいのかな、と。

 

やっぱり、周囲の大人が、人間関係より学力を気にしていれば、子どもはそれで子ども同士を評価し合うようになると思うのです。

 

これまでもこれからも、当面の日本は「よりよく」を目指す

暮れの答申から

そこで本答申は、学校を変化する社会の中に位置付け、学校教育の中核となる教育課程 について、
よりよい学校教育を通じてよりよい社会を創るという目標を学校と社会とが共有し、
それぞれの学校において、必要な教育内容をどのように学び、どのような資質・能力を身に付けられるようにするのかを明確にしながら、
社会との連携・協働によりその実現を図っていくという「社会に開かれた教育課程」を目指すべき理念として位置付けることとしている。
これによって、教職員間、学校段階間、学校と社会との間の相互連携を促 し、更に学校種などを越えた初等中等教育全体の姿を描くことを目指すものである。

この先も、今の「よさ」もちゃんと認識しつつ、次の「よりよさ」に行けるといいな、と思う。

 

もちろん悲観しなきゃいけないことは、山ほどあると思う。

けど、「わるい」が円満するだけでは、昨日、今日、明日、今幸せを感じちゃった人はどうしたらいいか分からない。

何度か、どこかで書いているように、「雰囲気」の力は計り知れない。

この社会に明るいところも山ほどあることも忘れてはならないし、この社会の明るさも子どもたちに伝えていく必要がある。

だからこそ「明るさを感じられない人の辛さに共感できて、明るさを増やしたくなる」っていうそういう発想でいたい。

 

だから「よい」to「よりよい」を伝えてみようと思う。

誰も誰かを否定しなくたって、ちゃんとみんなで幸せは生み出せるんじゃないの?って。

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