それでも幸せな人はいるから

特別支援学級の担任をしていて感じたこと。幸せな子ども時代を過ごす子どもが一人でも多く増えるように

「みんなでやっている感」と「実利」

とりあえず勢いに任せて昨日のうちに記事を書いた「ハピペン」です。日々目まぐるしく思考が移っていくので、続きものを書くのが苦手ですが、今年度中に、このブログの続きものは完結しようと考えています(中には1年越しのモノもあってだらしなさに嫌気がさす……)

 

昨日の続きで、国大附属等々の研究ネタから「みんなでやっている感」の話。

inclusive.hatenablog.jp

 

「研究のテーマ」が「抽象」だったり、とりあえずの「踏襲」だったりすると、「社会」が求めるものとのズレって生まれないだろうか。
「それじゃない感」があったらどうしよう?だから「児童の実態」を加味するのが大事だよね、ってのが前回の話。

 

それでも、結局「自己満足」的な研究に終わってしまって、「これまでにないもの」ではなく、どこか「抽象的な姿」から脱することができず、先生たち各々はなんとなく参加したのだけれど……要は「成果が分かりにくい!」ってなったときに、それでも残る「みんなでやった感」。

これの価値について考えるだけ考えてみようか、というのが今回の話。

 

求められる「私たち感」

これは、国大附属特別支援学校の休憩中のポスター発表の中で見つけたものなのですが、「共生社会を目指したインクルーシブ教育」についてのポスター発表の中に

キーワード
「対象から主体へ」
私たちの形成
「支援の共同構成」 

といったことが書かれていました。

 

私たちの形成」にピンときました。

これもうろ覚えなのですが、「私たち」という感覚は、今の日本が失ってしまったものだというのを、「『社会を変えるには』小熊英二」で見たなあと思いました。

 

「私たちの形成」とは、どういうことか、質問をしてみると、それは「誰かがやっていようといったことや意見などを積極的に採用し、そこに所属する人が意見を出したくなるようにしていく」というような話をしていました。

 

確かに、自分の意見を取り入れてくれた組織には、積極的にかかわろうとする気持ちが沸いてくるような気がします。

その所属感が、よりよくしていこうという意欲につながり、組織が活性していくということでしょう。

 

これは<貢献感>だとか<共同体感覚>につながる話だなあと思ってわくわくしながら聞いていました。

 

共生社会>を目指すことや<インクルーシブ教育>については、スーパーこれからのことであり、また、正解のないプロセスでもあります。

そのため、そこにかかわる「みんな」が考えて、積極的に誰もが意見を出せるようにし、また、正解がないのだからこそ、出された意見が積極的に採用され試され、それこそ「トライ&エラー」がなされていくことが重要なのだと考えました。

 

この「みんなでやってる感」が組織の活性には必要なのではないか、というのが話したかったことです。

 

「みんなでやってる感」が失う「実利」

「みんなでやってる感」がもたらすものは、「全体の高揚感」である。

しかし、これは、やっぱり危険なところもある。これまで散々見てきた、「土井隆義」の本には、その危うさが示されていた。

「内輪ウケ」の雰囲気が優先されることは、その外側にいる人たちに不利益をもたらすこともある。

だからこそ、せっかく新聞で報道されているほどなんだから、たとえば「主体的で対話的で深い学び」風味なテーマの方がいいなじゃないか?なんて思ってしまうわけだ。

 

ただ、「みんなでやっている感」によって士気を高めていくことも大切である。

みんながこっちでいこうと言っている中で、強靭的に方向性を変えるのは、空気を読めないフリをした管理職の一撃が必要なレベルだと思う。

それを、一職員がわーわー言ったところで、一部に風評被害が出てもおかしくない。

 

はっきり言ってここが、学校現場の難しくてややこしいところだ。

みんなそれぞれの<価値観>で動いているし、実利が見えにくいために経験則という年功序列で客観的な議論がしにくいところがある。

やっぱり「社会が求めるものとの整合性」は重要だと思う。

「これまでにない」とか「これからの社会に照らし合わせた」って視点を疎かにしてはいけない。

この「実利益」のようなものが、「みんなでやっている感」を優先することで失われるものだ。

ただ、それによって、先生たちの士気があり、結局子どもたちを育てられる可能性はあるし、まあ出すべき意見は出すとして、そうした研究をしていく中で、所属する人たちが日々成長していくのが必要な気もするので、「何が悪い」って感覚や否定や非難は抱いていない(つもりである)。

当然、もし、特に、子どもに対する損失があり得るなら、全力で意見しなければならないのは言うまでもない。

 

<研究>についてのまとめ

ここまできて、私は、改めて<研究>についてなんとなく知ったのである。

・何を明らかにするのか

・それは今までにないのか

・それを社会の誰かさんは求めているのか

と言った、めちゃ当たり前のことを脳細胞がリンクして、理解を深めた今日この頃って話。

 

そうして、結論としては、結局「バランス」ということになる。

「みんな感」か「実利」か。
その辺りを俯瞰して見つめ、とにかく、議論の際は、多様な意見が出されることが望ましいと思う。

 

私はどちらかというと<現実主義>だったり<功利主義>だったりするところがあるので、なんとなく「みんなでやってる感」から外れる意見を言ってしまうこともあるなあ、と。

そう振り返るとちょっと落ち込むのだけど「まあ、でもバランスバランス!バランスだよなあ」ってことで、自分を励ますエントリーみたいになってしまったところで、この項終。

 

社会を変えるには (講談社現代新書)

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