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それでも幸せな人はいるから

特別支援学級の担任をしていて感じたこと。幸せな子ども時代を過ごす子どもが一人でも多く増えるように

傘が……ある!!

「リフレクション」ってすげーなって今日この頃な「ハピペン」です。

 

いやー雨のつもりじゃなかったなー今日は。だって、夜中って聞いたんだよ今朝は……。

 

あ、はい、すみません迂闊で……。

 

今日は帰りに傘を借りました。

職員室で言ってみると、校長先生が、さーっと来て置き傘を貸してくれた。

 

って、いやいやいや、良さそうな傘で、壊さないか、失くさないかの方が心配になるよ!!

 

でも、ちょっとだけ嬉しい。

「傘がない」から感じた、「傘がある」ってこと。井上陽水ではない心持ち。

 

物事や出来事は捉えようによって変わる。

一昨日、本をやたらに買いすぎているかもしれない、と「購入履歴の金額を見て凹んだ」。

その日は、何年ぶりかの友だちと食事をしてその時に「自分の幼さによる失敗を話題にされて嫌な気持ちになった」しかも、その日は「終電を逃して14km歩いた」。

次の日の「職場のピクニックで思うように楽しめない」。

 

「ああ、もう、ダメダメだなあ」って思いながら今朝は通勤した。

それでも「リフレクション」をして「リフレーミング」してみる。

「購入金額を見て凹んだ」→「それだけ学ぼうとしてるってことじゃん!」

「自分の幼さによる失敗について話題にされて嫌な気持ちになった」→「それを嫌だって思えるように成長したってことだよ!」

「終電逃して14km歩いた」→「それで始めたこと、それで体験できたことがあるからよし!」

「職場のピクニックで思うように楽しめない」→「次また楽しめたらいいよ!勝手に辛がってるだけ!」

 

そう!そうに違いない!

そして、帰り際に「傘がない」と思っていたのに「傘がある」って事実を感じた。

 

やっぱり、見えてないだけで、その物事や出来事に「傘はある」ってことだ。それは、「傘を見出すかどうか」「見出そうとするかどうか」なんだと思う。

「傘がない」と思って臆するのではなくて、「傘がない」からこそ、「傘がある」可能性を見つめればいいだけなんだ。

 

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