「学校に行きたくない」という、教員キラーなワードが聞こえてくることがある。
「知るか!」って感じだけれど、そうは言ってもいられない、重たい言葉である。
処方箋としては、とにかく子どもの「ストレス」を下げることだと思う。
どうするといいだろうか。
要因は、どうあがいても、疾病か、関係性の悪化のどちらかだろう。
教師が応じられるのは、「関係性の悪化」である。
そのために必要なことを書いておく。
- 大人が休息すること
- 大きな声で責めずに肯定的な言い回しで注意する
- 不適切な側面に注目せず保留にしてみる(2週間程度)
とりあえず、クラス内の圧力を下げたい。
それにプラスして、授業の内容が分からない、できないが加わると大変苦しさが増してくる。
反対に、賢い子どもほど、学校にある利益がないことに気づいて拒否するということもあるかもしれない。どういうことかと言えば、たとえば、70%の子どもが学校が楽しい理由に「友だちがいること」と答えている調査を見たことがある。
その友だち関係がうまくいかなければ、残りは30%しかない。仮に半分以上の51%以上で学校になんとか来られると考えることにしてみる。
あと20%を何で補えるだろうか。給食?授業?先生との関係?制約?常識や世間体?
なんでもいいが、49%になれば子どもは来ない。心中のバケツをストレスが占めてしまえば、子どもは重い腰を上げられなくなってしまうのだ。慢性的にストレスの値が高いと毎朝の格闘が必要になる。単純に体調の悪さもストレスに加担することもある。
だから、なおのこと、季節の変わり目の今の時期は、「学校に行きたくない」が誘発されやすい。そういう意味では、休息することで復活に近づく可能性も高い。
反対に焦らすと、悪循環は一向に止まらないだろうと思う。
期待や願いが強すぎても、やはりそれはストレスになり、重い腰をさらに重くするわけだ。
繰り返しになるが、やはり「大人が休息していること」が重要になる。
「学校に行きたくない」と呟く子どもの周りにいる大人は何かに追われていないだろうか。
何にせよ、そうした子も大人も休息の大切さを学ぶ時期に舞い降りているだけなのかもしれない。今その時にある知恵の海を生きてみることもいいかもしれない。
カーネギーの「道は開ける」に休息の大切さが記されている。
激しい仕事そのものからの疲労は、たいていの場合、十分な睡眠や休息によって回復します……悩み、緊張、感情の混乱こそ疲労の三大原因です。
しばしば肉体的あるいは精神的労働に起因しているように思われる場合でも、それらが原因となっていることが少なくありません……筋肉が緊張すれば、筋肉が働いているということを忘れてはいけません。まず、くつろぐことです! 大切な責務のためにエネルギーを蓄積しましょう。
さあ、くつろがないと。