何を丸付けして、何をしないのか。それをもう少し選りすぐっておけば、残業は減るかもしれない?!かな。
「不安とはまやかしであるし、また、不安でないこともまやかしなのだな」と理解する。
市場を見ていてそう思う。コロナだーとなって下がり、コロナでないーとなって上がり、またコロナだーと下がる。そんな単純ではないかもしれないけれど、どちらも、コロナ自体は何も変わっていない。変わったり動いたりしたのは「不安」のメモリだけなんじゃないだろうか。
誰も彼も「不安でないことというまやかし」を頼りに仕事に出ることにしているはずである。
人波のあるなしもその背後には「不安」があり、その不安を拠り所にして、理由の在りかにして、府に落ちて動いているはずである。
ただし、不安でないことは「常態」ではない。
私たちは、不安であることと不安でないことを漂っているということが真実であって、その間を行ったり来たりしているなら、それが、それで健全だって状態なんだと思うんだよね。
今週の当たったこと
- 粘土の作品は、子どもの姿と写真とで記録する。作品カードの上半分が写真。作品の名前、一番見てほしいところ、理由、感想、自分の名前とする。
- 「列リーダー」、列リーダーには列リーダーバッジを。丸いバッジ風の証をラミネートして机に貼ることにした。優しいし頼りになる言葉かけが列ごとに増える。子どもたちで動けることが増える。
- ジェンカの動きが楽しかったらしい。
- エアコンの音が聞こえるくらい。これを静かと呼ぶ。静かづくりは、エアコンの音が聞こえるようにすること、となる。
- 給食の放送の後に、言っていたことを問う。(『指示は一回』より)
- 話していることへのリアクションを「二本指の拍手」とする。邪魔にならずに、称賛を手軽に伝えられる。いろいろ言いたくなるのをこの動きで表してもらうことにする。
あと、当たり前なのだけれど、文で書けることが増えれば観察も活性する。視点以前に「書けるか」の問題が小さくない。両方が合わさってできるようになる。
今日は今までで一番「話を聞いている」「配膳が素早い」「並んで歩くのがうまい」などの姿があった。素晴らしい金曜である。
歩くのなんかは、この本でみんなに忍者になってもらい、忍者なった人は足音消せるからやってごらんと言うと途端に素晴らしくなる。
今気にしているのはこれ。