なんとなく、もやっとする時間があった。
「座っている人は花丸です」と言ってみる。
まあ、そうすればスッと座るに決まっている。
にしても、よく聞けるようにもなってきている。感心するほど。音読もうまい。
「音読をするとスッキリする」とか言われる。お利口やな。「もう一回音読したい」と言われる。なかなかやで。
そして、ふと「水曜か」と思った。
「水曜は勝てない」。
今年のクラスはそういうっ気がある。
今になって思うと「時間割の問題なのだろう」と思うけれど、そういうもやっとした時間がある。
特段、それは昼休みの後に顕著である。
不思議なものである。
体育もうまくなった。合わせて楽しむみたいのができるようになった。
ドッジボールなんか、全員で参加して楽しそうにやっている。運動を楽しんでいるように見えて気持ちもほころぶ。
今日、ふと、「学校楽しい」の感覚があった。自分が低学年の時に、廊下でなんとなく「学校好きだなあ」って思ったような瞬間に感覚が似ていた。不安がない状態である。毎日似たように、メンバーとかかわって、次また次というように時間が過ぎていくような感じ。
イレギュラーの少なさ?
「見通しを示す」ではなく、「見通しをもたせる」、見通しをもつ、もっている。この違いかもしれない。
なんか安心感があった。その正体はよくわからない。