かならず幸せになれるいきもの

おしゃべりによる出現する未来から学ぶ

自分にはどんな信用があるのだろう?

朝から晩まで「お金」の話がメインだった日だなー。「ハピペン」です。

 

興味深い一日。

 途中、OXFAM仲間との「正義と教育と貧困」の熱い話もあった。

 

本日は『革命のファンファーレ 現代のお金と広告』で日本中にファンファーレを鳴らしている西野亮廣さんの講演会に行ってきました。

 

考えさせられたのは「自分にはどんな信用があるのだろう?」ということだった。

あまりないなあ、というかほぼないかな。

 

そのときそのときで変動するような信用しか持ち合わせていないような気がする。瞬間最高視聴率があるだけというか。任せておけば大丈夫感が薄いような。

 

それか、ニッチ過ぎるかだ。

普遍的でないことばかり言っている。

地頭が悪いだけ。

 

もっとエッジの効いたメタをすれば、誰も信用していないから、自分にも信用がないのかもしれない(なんてね)。

 

人は、何に信用するのだろう?

恩?

エビデンス??

仕事の成果??? 

 

たとえば

信用とは「価値についての説明が要らないこと」であり、価値=(専門性+確実性+親和性)÷利己心で成立します。

新しい時代のお金の教科書 (ちくまプリマー新書)

とある。

さらに、価値のカテゴリーとして、

①スキル・経験のような実用性としての価値
②共感や好意のような内面的な価値
③信頼・人脈のような繋がりとしての社会的な価値

お金2.0 新しい経済のルールと生き方 (NewsPicks Book)

がある。

 

あと活躍できる人間として、

  • 熱い思い→ストーリーを語れる→共感を集めるカリスマ
  • コミュニケーション→つながりを生む→ハブ人材
  • テクノロジー→仕組み、ツール、媒体をつくる→エンジニア、サイエンティスト、アーティスト

などがいると思う。

自分はどこにいて何をしたいのか、考ると楽しい。

自分にあるストーリーを基に何をしていくのか。

 

大方なくはないのだけれど。

 

自分を変える強さをもつこと。

 

これからの未来は、たとえば、老後のお金の目処をつけようとするように、自分の未来の信用の目処を考えていくことになるのだろうか。

 

信用されているってどういう状態だろう。信用されなくとも自分を生きたいってニーズはないだろうか。

 

結局のところ信用もちになるために必要なことは【嘘をつかないこと】だそう。

 

私は、特に、自分に嘘をつかないことだな、と思った。

騙し騙しどうしようもない自分をやっていくのはやめたい。

 

嘘をつかないためにそもそも「嘘をつかざるを得ない状況に自分の身を投じないこと」と話していた。芸能人であれば、食レポの番組に出ないってことなど。

 

最後に何かここにヒントがありそうだな、と思った考えに「本業でマネタイズしない」 という話があった。本業でマネタイズすると天才にはなれないらしい。

 

公務員は副業もできないから、本業をマネタイズするしかなく、さらにそれを強化していく。本業をマネタイズしすぎなのだろうか(お金は増えていないけど、お金に代わる何かを得ているというニュアンス)。

複業なら大丈夫だから、そっちで、信用を得ることでトータルのマネタイズは確保できるのだろうか。