かならず幸せになれるいきもの

おしゃべりによる出現する未来から学ぶ

「『特別支援学校教育要領・学習指導要領解説・自立活動編』の実態把握から具体的な指導内容を設定するまでの例示」について

めっちゃ見づらい。

P128〜P172まであるのに見づらい。

 

この例示が何種類あるのかもざっとわからないし、どのような例示があるのかも目次からは分からない。許せん。

 

たぶん、それぞれのケースが上手に検索すれば見つかるのだと思う。

 

指導要領にあるのは、以下の学年の事例。

P128:小学部・第5学年:視覚障害

P132:幼稚部・3歳児:聴覚障害(重度で人工内耳を装用)

P136:中学部・第2学年:知的障害

P140:高等部・第2学年:肢体不自由

P144:中学部・第2学年:病弱・不登校

P148:小学校・第3学年:言語障害(吃音)

P152:中学部・第1学年:自閉症、知的障害

P156:高等学校・第1学年:学習障害(読み書き障害)

P160:小学校・第3学年:注意欠陥多動性障害

P164:小学校・第5学年:高機能自閉症

P168:中学部・第3学年:知的障害を併せ有する盲ろう

 

以下には、もう少し詳しく。

学部・学年

障害の種類・程度や状態等

事例の概要

この順に書く。

 

P128

小学部・第5学年

視覚障害。視力の程度は両眼とも光覚である。

学校近辺の安全な道路における白杖を用いた歩行しどう。

 

P132

幼稚部・3歳児

聴覚障害(重度で人工内耳を装用)

人工内耳の手術をした幼児に対し、やりとりをする力を育むための指導。

 

P136

中学部・第2学年

知的障害の程度は、言葉による意思疎通が困難、日常生活面など一部支援が必要

学習場面の中で落ち着いて順番を待ったり、ルールを守ったりすること等の社会性の獲得を目指した指導

(4ページずつなんだな)

 

P140

高等部・第2学年

肢体不自由、高等学校に準ずる各教科を学習し、移動は電動車椅子と自走用車椅子を併用している。

障害者用トイレでの一連の動作等を円滑に行い、一人で排泄を済ませることを目指した指導の事例

 

P144

中学部・第2学年

病弱・学校生活への不適応により不登校となる。心身症による身体症状が見られるため、入院して特別支援学校(病弱)に転校

自己理解を深め、自尊感情を高めることを目指した指導

 

P148

小学校・第3学年

言語障害(吃音)

吃音への不安等を抱える児童に対し、吃音について知り、不安等を軽減することを意図した指導

(ここにきて小学校が)

 

P152

中学部・第1学年

自閉症、知的障害。言葉でのやりとりはできるが、他者の意図や感情の理解に困難さが見られる。

他者とのコミュニケーションを苦手としている生徒に、やり取りの仕方を指導した事例。

(これはとても参考になりそう)

 

P156

高等学校・第1学年

学習障害(読み書き障害)

学習上の困難を改善・克服するための方法を知り、その方法に習熟し使えるようにするための指導

 

P160

小学校・第3学年

注意欠陥多動性障害 衝動性等により学級のルール等を守ることが苦手である。

集団の中における感情や行動を自分でコントロールする力を高めるための指導

 

P164

小学校・第5学年

高機能自閉症 知的発達に遅れはなく、他者の意図や感情の理解が苦手である。

人との関わりへの自信と意欲を取り戻し、コミュニケーションの力を高める指導

(おお)

 

P168

中学部・第3学年

知的障害を併せ有する盲ろう

身振りサインなどを用いて教師とやりとりができるようにするための指導

 

久々の投稿は誰の役に立つか分からないが、あってもいいのではないかという、指導要領ネタでした。

【2022年度】今年度も

4/1に一度だけ更新してみたのだけれど、内と外を意識するのが面倒で、変な投稿をしないか気にかけるのが負担なので、あえて公開する記録は持たないことにする。

 

どーでもいーことは、大抵ツイートしています。

 

ブログをしなくてもよくなったのは、そもそもSNS以外で話す人がいるからかもしれません。

 

ハピペンを知っている人たちは、いつもいつもありがとうございます。

230:型か

年度末の型、年始の型。さまざまにある。

 

目標。

目標と調和した活動。

活動に相応しいクラスの動き。

動きを活性する言葉。

 

勉強するところ。

友だちと仲良くかかわるところ。

 

それぞれができる限り最大の態度で振る舞う。

自律。

 

できないことができるようにすること。

幸せな人になれるように。

幸せな在り方からこぼれ落ちないように。

それに向かって。

 

所感

できないことばかり際立つ。

そして、それ以外は気づきもしないほど全くできていないか。もしくは、そこそこできているかということである。

 

目標にしたい言葉が浮かぶ。

  • ありがとうを言うクラス
  • 失敗にしないクラス
  • 片付けまくるクラス

面白い。自分ができていることとできていないことが含まれている。教えられることと、教えたいこと、教えられないかもしれないけど挑戦したいこと。いろいろな願いを含む。

 

約3年。3回の通常級が終わった。

自分らしく、やり切ることはできているだろう。端から見てヨシと思える環境を作れている自信はない。その理想と現実の距離を少しずつ縮めていきたい。

 

落ち着いているな、というのと、楽しいと思えるのと、うっとりと、しっとりと、その中の自分の兼ね合いを見つけたい。

 

子どもたちに力は付いたのだろうか。

そう思ってもらえた子もお家の方もあるだろうな。

優しさには感謝される。コストをかけたものにも礼を言われる。でも、それ以外に目を向けなけるべきだ。どの子も自分なりに価値を経て次へと進んでいるだろうか。

 

定着させたいと本気で思ったものは定着しているのだろうな。

 

とりあえず、片付けが幸せの条件に思えてならない。そこに注意して、次へと進むことにする。

 

片付けとワックスで4時間は取られるなあ。すっきりとしてこの時間を削減するのを来年度の目標にしたい。

 

229:終わりよければ

だとしたら、終わりは良かったのか。

それが気になる。

 

to be continueもあるし、やむなくだろうか。

 

時にでかい欠陥のあるような自分は大きく心配である。

 

なんとなくミスをしてしまう。今週は顕著だった。

 

最後にこれを伝えるのも悪くないだろうと思って、最後に一言。これを伝えて、終わりとする。

私はいつでもあなたの味方です。
私はどんなときでもあなたの味方でいます。
私は何があってもあなたの味方です。

 

終わりがそわそわする。

 

来年度そわそわしないで、落ち着いて終わりたい。できるだろうかね。しっとりってやつね、ああ。

 

またね (ALBUM VERSION)

またね (ALBUM VERSION)

  • 発売日: 2010/03/21
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

228:イス取りゲーム

最後の最後ということでレク的なことを。

 

大変楽しんでいる様子。

 

これがない一年だったのか、と感慨深かった。

 

触れ合えないということでの距離感。

寂しい距離感。それを埋めるエンタメは必要だったのだな、と思わされた。

 

もっと、直接触れ合わないで済むレクを入れていけばよかった。

 

あとアンケートを書いてもらって、来年の子にハピペンを紹介するとしたら?というのに、4人が怒るとすごく怖い先生です。とあって、あーそうなんだ、と意外というか少し自信になるというか、なめられてもいるかなという思いもなくなかったので、へーって思った。

 

でもね、彼らは続いていくからね。この一年の心残りなんて何も気にしないで、大丈夫。

 

さあ、学級を閉じよう。

220:充電するも

土日は、お願いして、朝オンラインでお話ししてもらう。先週中、成績のことで、苦しいなあと思っていて、だったら、相談すればいいじゃんか!となったのである。

 

信頼できて、気心許せる人と話す時間をつくる来年度にしようと思う。

 

頭が硬過ぎて、働けていないと思うのだ。だから、いくらか、いくつかの人にお願いしてつながれるようにしてもらった。

 

「コロナだから」と疎遠になっていたのだけれど、普通にZOOMやLINEで話せるだけでも大変に嬉しいものである。生の潤いを感じる。

 

それでも、今朝は苦しい気持ちだった。うだうだと。悲しくて、行く気が湧かなかった。行くけど。

 

子どもたちは落ち着いていたなあ。

活動しやすい月曜日だった。

愛おしいと思った。

 

あと7回である。

このチームで活動できるのは。

誰かがなんかこぼせば、バーッと走って4人くらいが雑巾を濡らしてやってくるクラスである。助けることが当たり前になっている。徳を積むことになんの卑しさもない。そうやってずっと子どもたちが支えてくれていた。助けになっていた。有り難いクラスである。帰りの会を自分らで始めて、帰っちゃうクラスである。共に生きている、というか生活しているんだな、って感じがしたよ。

219:10年で

授業への不安が少しは減ったのだな。

 

前は、電車の中で今日やることを繰り返し再生をしていないとならなかった。

 

連絡帳は、朝の会に書こう。

そこで、配付、収集も。

 

やっぱりまだ、いろいろな子の面倒を見るのは面白いと思えてしまうんだ。

 

10年前は、2011年だった。

地震の時は自分の役割を果たすことでいっぱいで、自分のいるところは停電してしまって、23時近くまで仕事だった。

 

それから、帰って、家も停電していて、眠るしかなかった。まだスマホでもなかったものね。

 

夜中のラジオでアンパンマンマーチやゴーカイジャーの歌が流れていた。

 

東北のことを知ったのは次の日だった。

 

全然知らなくて驚愕だった。

こんなことが起こっているのに、自分は遠く遠くにいた。

目の前の役割を果たすことしかできず無念だった。

 

そして、私はその年の5月にぬけぬけと実習をしているのだな。仕方なしかもだけど。

 

学校は、通常営業でいるほかないわけだ。

 

いつも自分のことで手一杯で時間が過ぎているみたいだ。

 

私は自分を使えているのだろうか、と気になったところで、ここまで。