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それでも幸せな人はいるから

特別支援学級の担任をしていて感じたこと。幸せな子ども時代を過ごす子どもが一人でも多く増えるように

【大空小たった一つの約束】再び「みんなの学校」を見た

教師の在り方 インクルーシブ教育

どう考えても昨日は「鏡開き」の話題をすべきだっただろうと悔やんでいる「ハピペン」です。ひび割れるほどの餅を用意できる豊かさ、時間のゆとりが必要だったのではないか、と感じます。子どもは、パックに丸餅が入っているものを鏡餅と思っていると思うぞ。

 

さて、前回、「学びは楽しい」という話を書きました。

「学び」は「自分が変われると知ること」ということでした。

大空小たった一つの約束「自分がされていやなことは人にしない 言わない」は、「学びは楽しい」につながります。

 

「自分がされていやなことは人にしない 言わない」

これは、大空小が大切にしている約束です。

校長室の前にも貼られているし、学校のHPの中でもいろいろなところに書かれています。

 【大空NAVI】

http://swa.city-osaka.ed.jp/weblog/data/e731673/k/o/964722.pdf

 

【大空の教育】

http://swa.city-osaka.ed.jp/weblog/data/e731673/g/o/778403.pdf

 (大空小HPより

http://swa.city-osaka.ed.jp/swas/index.php?id=e731673

大空小にこの約束がある理由は、「やり直す力」をつけてほしいからと言っていました。この先の見通しが読めない社会では、失敗したり、挫けたりすることが必ずあるだろう、と。そのときに自分を見つめ直しもう一度歩き出そうとする力、「やり直す力」は、彼らの10年後に生きて働く力なのではないか、と考えたそうです。

 

「自分がされて嫌なことは人にしない」という考えは至るところで聞いたことがあるかと思います。

検索してみると「論語」にそういった内容があることが書かれいました。

「自分がされて嫌なことは人にしない」の元ネタ(?)は、論語なのかなあと思っています。

 

そして、これが約束だからといって、ただ言ってりゃ子どもが育つわけではないんですね。

 

言ってしまえば「自分がされて嫌なことは人にしない」を破らない子どもはいないと思います。というか、破らない人間がいないでしょうね。

 

ある意味で、この約束は大切な理想であり、守らなければならないことなのですが、一人ひとり違うという人間社会の中で生きているうえでは、破られる前提のある約束だと思いました。

 

なので、大空小が秀逸なのは、「約束がこの一つしかない」というところではなく、この「誰もが破ることが約束になっている」かつ「破ったときの仕組み」が秀逸ということです。

 

「約束」を破るとどうなる?

約束を破ると「やり直し」をするというのが、大空小にあるルールです。

「校長室」に行くと「やり直し」をすることができます。

要は、「校長室」で大人と話、反省することで、自分を改めることが出来るという仕組みです。

「やり直し」の中で起こる流れは、
反省してやり直したいと子どもが決めたら、大人も助けながら、関係する子どもと話し合いをし、子どもたちが納得できるようにし、「やり直し」を認め合うというようなものです。

大空小の全員がこの仕組みの中にいるわけで、どの子どもも「やり直し」が認められるわけです。だからこそ、周りの子どもも、どの子の「やり直し」も認められるムードがあるのだと思います。

それでも、子どもたちは感情的なので、何度やり直しをしても、またやり直しの必要な事態が起こります。

映画の中で、木村校長先生も「この瞬間は本当なんだよな、これでさっきまで暴力してた子が全くしなかったら大したもんだ」と、そのときの子どもは本当にそう思っているのだ、といったようなことを言っていました。

案の定、次の日に、また「やり直し」が起こります。

ただ、やっぱりこの仕組みは面白くて、誰かが暴力をして「やり直し」を求めたとします。反省して、謝ります。

けれど、暴力って子どはそう簡単に許したくないときもありますよね。

でも、それでしばらくすると、その暴力を振るわれた「許さない」って言った子どもが、「やり直し」に行くわけです。

どういうことかというと、そこにある約束は「自分がされて嫌なことは人にしない」です。

自分がちゃんと反省して謝って許してもらえなかったら嫌だ。自分は、自分がされて嫌なことをしちゃったから「やり直したい」ってことが起こるわけです。

上手く言葉にできませんが、この人間臭さが私は大好きです。

そして、大空小には、その日その場での解決ではなく、子どもが「やり直し」を求めるまで待つ姿勢も強くあります。子どもからの「やり直し」を待つ。

もちろん劇中でも大人の側から仕掛けるシーンもあります。けれど、強制はしません。

そこに、子どもの力を信じてる美しさ、清さのようなものがあります。

子どもを無下にしない、卑下しない、尊ぶ、信じる、愛おしむ、慈しむというようなイメージ。

人間は誰でもやり直せる」そういう真実に近い人間愛を大空小は実現しているように思います。

一体どうしたら、ここまで人権感覚のバランス感覚が取れた考えで組織が動けるのでしょうか。どんな話し合いをすれば?

本当にすごいし、とても不思議な気持ちになります。

ただ「誰もを本気で大切にする」みたいなシンプルなルールを実践し実行し実現しているだけなのですけどね。

 

講演会の中で木村先生は「やり直しができる自分になったら楽しいですよ」と言っていました。学び続けられる自分を祝福するような、変われる自分を喜べるような、まだまだ変われる、よりよくなれる自分が愛おしくなるような。

学び続けられることは、自分が変わり続けられる、成長し続けられるという幸せ
今回の講演会で教わったことでした。

 

結論として、「よりよくなれる」という「希望」こそが、人びとの求める普遍的な幸福の一つなのではないかと考えた。

私たちの幸せは「希望がある日々があること」なんじゃないかって。

そんな「ハピペン」。

 

 

 

 

 

 

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