私は未来って楽しいものだと思います。
時間がどう私たちに味方をして、過去の答え合わせをして、それを思い出として追加する。
これをするのが未来だと思っているからです。
これらは、未来にしかありません。
でもここでフワッとしたことを考えて下さい。
今って元未来じゃないの?ってじゃあ未来ってポスト今かって。
そう思うと時間には特別な差はなくて、すべては線で繋がっているというよりは、
一枚の絵のようなものだとそう思えないでしょうか。
絵の中にも平面だとしても、行程があり、一番始めに塗られた色、その上に描かれた色、さらに足された色と時間があるのですが、それは過去や未来と区切られるのではなく、
最終的に一枚の絵なのです。
時間が進むにつれ、過去の色に必要な色が分かります。
また過去書いておくべきだった色も見つかってしまいます。
けれど、もう思うように色は足すことができません。
しかし、それに工夫をすることはできるのです。
過去のおかげで、未来で見えた後悔のおかげで、自分が最初に想像した理想とは離れてしまったけれど、
思いがけない完成形、そこから見た新たな理想へは向かうことができるのです。
そう考えると未来は楽しくて仕方ありません。
早く未来に行きたくてたまらなくなります。
過去の風景を今から見て工夫をして良くしていくことが未来なのです。
えっ?何?オレは明日が嫌なんだよ未来なんてつまんねーの。
そう言いますか。そうですか。そうですか……。
確かに……。そういう人もいるはずです。
分かります。
それはとても辛いことです。
こんな風に浮かれすぎた考えを持ってはいられませんよね。
でも、もう一度絵ということを想像してみてください。
絵は完成することはないのです。
今見ている絵に、明日どんな色が加わるのか。
そしてもし明日その色を加えたら明後日はどんな色なのか、さらに明々後日は、その次の日は……。
そうやって少し想像力を働かせます。
一週間後、一ヶ月後、一年後、三年後、五年後。
明日すべきことは、どういうことなのか。
強く考えるのです。
それは、耐えることなのか、目を背けることなのか、忘れることなのか、立ち向かうことなのか、逃げることなのか、はたまた全く違うことをしてみるのか……。
これへのヒントが最初に言った未来は楽しいものというところです。
未来は楽しいものです。過去との答え合わせができるのは未来だけです。
未来だけが、あのときこうすれば良かった、これで良かったということを教えてくれるのです。
そのために、明日に行くことです。明日という未来に。
そしてさらに明日の答え合わせをするために、さらに先の明日へ行くのです。
そのとき未来は楽しいなと思えるためには、何をするのか。
「楽しいと思えるために」は、です。
そう考えたときに浮かんだ行動ならば必ずあなた未来に行って楽しいと思えるはずです。
今という位置に未来を感じ、過去を浮かべ、また次の未来に行くことができるのです。
それが生きるということで、理性を持った人間の人生なのではないでしょうか。
少し堅苦しいですけどね、何も考えず明日へ向かえる人はそれはそれでバッチグーだと思います。
時間は味方で、未来は楽しいものですから、前向きに飛び込めるならそれに越したことはないのです。
というわけで、未来ってなんだっけはここまで。