脳疲労、No HERO、ハビベンです。もう私なんか便よ、便。。。
自分で言っていて虚しすぎる!気を取り直して!ハピペンです!
模擬授業を考える日々ー。苦しむー。のたうちまわるー。もういやー。
キラキラした人間でいられません。
ただ、お家の方々からもらった言葉を思い出す。
やはり、合う人は合う。
どんな人間にも少なくとも2割の合う人間がいる。
たまたまそのコミュニティで、8割の人間ななれなくとも、それは、あなただけの問題ではなく、そのコミュニティが合っていないだけ。
だったら、合うコミュニティに飛び込んだらいいさー、そしたら8割の人ともコミュニケーションをして、楽しめるかも!!
強がりかもしれんが。
本当は誰とでも、お近づきになりたいわよ。
それでも、一部のお家の方からは支持される。
毎日の学級通信に「うん、そうそう!」と共感して唸ってくれているらしい。
将来先生になりたいという子どものために「全部ファイリングしています!」という人。
もし今のクラスが一番よかったってこの先なったらどうしようと心配される方。
成長を感じて驚いていると言ってくださる方。
とにかく、
- ありのまま
- その子らしく
学校を使って楽しんでくれているようだ。
神経質さ、不安が少ない様子。
自分を成長させる方へ、自分を主体的に生かしてくれているのだと思う。
いろんな人がいる。
好きな人も、嫌いな人も。
でも、これは誤り。
いろんな「人」がいる。というより、いろんな「とき」がある。その人のことを好きじゃないと思うところがある「とき」がある。その人のことを好きだって思うところがある「とき」もある。
いろいろな「とき」があるだけなのだ。
そう簡単に人を分断するには、まだまだまだまだ早い可能性がある。
分かり合える可能性がある。
学校にはそういうポテンシャルがある。
よく言っているのは、「人を嫌いになる準備をしない」ということだ。
誰かを嫌いになるとき、人は準備をはじめている。いかにその人は自分にとって良いとは思えない相手か、よーく見つめて探しはじめる。
それは、自分は人を嫌う冷たい人間でありたくないという本心からくると思う。
けれど、その人だけは嫌われるしかないような
本当に嫌うに値する人なのだというアリバイを探しているのだった。
- ありのまま
- 自分らしく
これだけでいくと、トラブルが起こる。
その失敗から嫌うのではなく、どう在ればいいのか考え合うこと。
それができる集団は、学校にしかないと思う。
そして、そこから「人らしく」が生まれる。
- ありのまま
- 自分らしく
- 人らしく
この3つが、見えてくれば、その子たちは強い。
困っている人を一番に考える集団になるだろうと思っている。