一喜一憂からの脱出。
長い目。
浮き沈みはある。
「瞬間ばかりを捉えると人生はネガティヴである」とも言えるかもしれない。
なんでも、喜びの感動は長続きしないらしい。テニスのグランドスラムの高揚がその日のうちに終わってしまうというのをいつか本で見た。
というわけで、いろいろの終わり。というわけで、歓喜。しかし、終わらないこともある。
どの子もいい子である。にもかかわらず、トラブったり、怪我をしたりする。
あーあ、である。
それでも、そこから学ぶしかない。
そうならないために「あーする、こーする」もあるかもしれないけれど、学んで変わっていくしかない。
いちいち泣くのか。
いちいち嘆くのか。
いちいち不満をもつのか。
それを超えていく。
忘れても、落としても、その時不快でも、許せないと思っても、また次へ。明日へと。
今日は16:30帰りである。
預かりの子にちょうど門の外で遭遇した。
オレも16:30帰りしちゃった。と軽口。
礼儀正しい子だった。自分もこっち渡ってこっちです。と。担任の話を聞いた。嬉しそうだった。素晴らしいよなあ。
過ぎていく。終わっていく。
そうした中で、また始まっているものがある。
明日は、そこから始める。