かならず幸せになれるいきもの

おしゃべりによる出現する未来から学ぶ

臨時休校の一週間が終わって

成績の事務作業に追われている。先週の金曜日に要請されて、月曜日に対応を決めたことが、一転し始める頃。

 

家庭訪問はありなのか。電話連絡を入れるのか。未学習のものはどうするのか。家庭学習は与えるか。学校で子どもを預かるのか。など。

 

各々の自治体の実態によって、選択し直されていくのだと思う。その二転、三転に末端の各ご家庭が巻き込まれていく。不満や憤りは高まるだろう。急に打ち切りにあった教師たちも気持ちのやりどころがなく、その気持ちは塞ぎ込むしかなく。下手をすると暴発したりもする。みんなが限界状態になっていく。悪循環。

 

 

ただ、とりあえずは待つのと、何かが起こったときに備えてやれることをやるしかない。アーダコーダ言うほど、チームが疲弊していく。話し合いで時間が奪われる。未完の仕事が蓄積されていく。何のための何だったのか。優先順位の一番高いものを守る行動を取るほかないのに。悪循環。

 

 

さて。

片付けの続きだが、来年に向けて机の引き出しにファイルBOXを入れてみるも、3分の2くらいの書類を始末しなければならないようだった。

 

よく見ると3分の1くらいは「いるかいらないか分からないが取って置いている書類」だった。これらはスキャン行き。

 

あとの3分の1は「取っておきたいがアーカイブというか思い出的な要素の強い書類」だった。こっちは写メなどで記録して終わりで。アーカイブ行き。

 

そうすると「残しておける3分の1」になりそう。ただ、その作業時間がない。職場に人が多いとスキャンもしづらい。まず大量だしなあ……そのあとはコツコツやっていくとしても……。

 

どこかの土日で出陣するしかないだろうか。そうして、来年のイニシアチブを取れたらいいなあと思う。

 

話は変わって、kindle unlimitedを先月で辞めたのだけど、もうちょっと読みたいと思ったものは、primereadingでも十分に対応していて、また土日に目を通したい本ができた。

 

これは、何度も表紙は目にしていたがスルーしていた本。目を引く表現が多い本。「仕事」の捉え方が変わりそうである。前提が変わると仕事の仕方も変わるだろう。

 

だからこの仕事のリスクは、まず自分で計るしかないのです。自分で計った結果、2週間では終わらないということがわかったら、すぐに上司に言えばいいのです。

こういう当たり前のことを意識して、先延ばしにすることなく、タイムマネジメントをして、仕事に追われずに過ごしたい。

「自分のことばかり考えなければならない」ような人にならないように働きたい。うん。

 

どうせやり直しになるのだから細かいことはおいておき、まず全体像を描いてしまったほうがいいのです。これがつまりプロトタイプを作るということになります。

 

この渋谷の待ち合わせの話が示唆することは、締め切りの前に締め切りがあると考えなければならないということです。逆説的なようですが、締め切りに間に合わせようと考えていても、締め切りには間に合いません。しかし、締め切り前に締め切りがあると考えると間に合います。締め切りを狙ってはいけないのです。

これらも素敵。こうして、他者のことを思って自分の時間に余裕をもって行動できることは、信頼とか協力とかよい雰囲気につながっていくのだと思う。今まで出来ていなかったように思うなあ。

 

今日のピヨ子さんは

夢を見ているようだった。お風呂で寝ていた。ハッピーみたいだった。夜中は泣いた。1:50と2:50と。寝顔はスヤスヤである。