これが学年会をしないことの為せる技である。
見通しをもつ時間を設けるべきだ。
帰り際にワークシートがあるかを聞かれるのはきつい。なんで、こんなにも快く働けないのか。不思議でならない。
誰も舵を取らないからなんだろうな。
「子どもの実態に合わせて」という言葉は、「教師の力量に合わせて」という言葉に言い換えることができるときがあると気づいた。
それを言い出すとみんなバラバラになる。
ワークシートの類の話なんて、UDというわけにはいかないのだろうか。
なんでか、使いにくいのを使わされるハメになる。「うちは書けるんで」ということで。
いや、よく分かんないや。
ただ、とにかくイライラを感じた。
何かあるだろうな。そこには。
今日は、体育館の取り方をミスって、重なってしまって迷惑をかけてしまった。
なんだろうな。何かすっぽ抜けているような感じがある。不安だ。
ただ、大抵そういう時は、何も抜けていないことが多いけど。なんかあるだろうか。
今日は、1時間目から体育でハッスルだった。楽しませることはできているようなので、よかった。
ひき算も大きなつまずきがなくいけているようである。つまずきは、「くり下がりの筆算」でくるのかもしれない。
楽しくやれているならよかった、よかった。