かならず幸せになれるいきもの

おしゃべりによる出現する未来から学ぶ

177:牛歩だな

あれやこれやと考え続けて、12日が過ぎたが、特段脳みそがピンと来ることがなかった。

 

一昨日から、kindleで本を読み漁る(定期)みたいなのがあり。

自分の不安の一部に巡り合って、「ああ、これにモヤモヤしていたのかな」と思いもする。

 

その解決を「今にフォーカスする」って時と、「いやなんとかせねばと食らいつく」って時とがある。

 

この本。

上級国民/下級国民(小学館新書)

上級国民/下級国民(小学館新書)

  • 作者:橘玲
  • 発売日: 2019/08/01
  • メディア: Kindle
 

「あとがき」に書かれていることがフィットした。

 

概ね、格差のトップにいるのは、エンジニア路線かエンタメ路線かということだった。

 

学校の先生への見方もそこに当てはまると思った。

 

そもそも、教師は子どもたちにとって、そんなにはなりたいものではなく、その影響には限度があるのだろうな、と思った。

 

「エンタメっ気」のある先生が、インフルエンサーとして目立っているのだろうな、と思った。

 

もちろん両輪の人もいる。

 

「弁が立つ」とか「パワー」とかっていうのもあるかな。

 

こうした視点でもって、お互いをトリミングし合っているとぶつかるのだろうなあ。

 

野中先生は、教師を「聖職者、労働者、専門職」と捉える目があって、各々が競り合っているというようなことを本に書いていた。

困難な現場を生き抜く教師の仕事術

困難な現場を生き抜く教師の仕事術

  • 作者:野中 信行
  • 発売日: 2004/01/01
  • メディア: 単行本
 

 

 

その比重の違いやそもそもの捉え方の違いが、エンジニアかエンタメかと関連するのだろうな。

 

「預かり所」の機能と「教科教育」の機能の比重も関連しているかもしれない。

 

それがまとまって、「学校って?」という思いになっていく。

 

赤坂先生は、「強い願い」の大切さを本で訴えていた。その「強い願い」がスタンスになっていく。

「学校とは◯◯である」。これを、「強い願い」として掲げられる教師は「パワー」のある指導ができる。これが「権力」を振りかざすような、押しの指導になると詰む。

 

「社会では通用しない!」とか「大人になったら困る!」というのがたとえ真実だとしても、この言葉を大声で叫ぶだけでは通用しなくなっているし、そういう先生は淘汰される時代になっている(当たり前か)。

 

勉強していくしかない。

「勉強させていただきます」「勉強になります」と言うことではなくて、自分の生き様(振る舞い)を変えるような出会いと学びがいる。

 

それは、「環境を変える」ということかもしれない。

 

寝たのは0:30だった。最悪。