かならず幸せになれるいきもの

おしゃべりによる出現する未来から学ぶ

212:やられる

懸念は成績のことである。スッキリしているだろうか。

 

5時に起きるしかないという気で起きた。

 

久々にfacebookを開くと、たくさんの人の活躍が見られる。すごい。

 

自分を広げてより、広範囲の人々と幸せを往還する人々。すごいなあ。

 

リサーチとギブ&テイクがうまくいっているといいのだろうな。もしくは、持っているものを、課題に結びつける力か。レトリックだろうか。

 

どちらでもあるよな。自分をリサーチに合わせるということでもあるかもしれない。リサーチの中で自分と一致するものにチャンネルを合わせるということかもしれない。

 

単純に「①何を成果として」、「②どう成果を出すのか」という話なのだろうな。

①や②に特殊を求めるかどうかも自分のチョイスの鍵だろうなと思う。

 

これまで、当面自分を救う旅だったと思えるので、そこから、それではなく(かつそれもを)、どう生かして、もう少し誰かを幸せにできるかを考えているようなここ2年である。

 

弱いのは「体験」や「経験」だろうな、と思う。また、具体の蓄積かもしれない。

 

課題解決の方法は集まってきているので、それをどうシェアするかなのかもしれない。

 

人生を変えるというよりは、人生を支えるという感じなのかなあ。

 

本と人と。そういうつながりで人は育つかな。

 

成績はモヤモヤ。最悪である。

本当に通信票は、とことん誰も幸せにしない仕組みだ。なんのフィードバックにもなっていないように思える。

 

どれが何割。根拠はなんだ。

反吐が出るわ。

 

退勤は20:30。